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CBC Europeは、商社機能とメーカー機能、両者の役割を生かし、生物農薬の研究開発から製造、販売、技術サポートまでを一貫して手掛ける「BIOGARD(バイオガード)事業」を展開しています。
ヨーロッパを中心に、40年以上にわたって生物農薬の事業を展開してきたCBC。欧州各国の研究者や農家とのネットワークに支えられたBIOGARD事業の特徴やこれまでの歩み、そして今後の事業展望について聞きました。
残留農薬対策のためヨーロッパで注目「生物農薬」 とは?
「生物農薬」とは、農作物を病害虫から守るために使われる農薬のうち、微生物や天敵昆虫など、生きものが本来持つ働きや自然界の仕組みを利用して防除を行うものです。
一般的に「農薬」と聞くと、殺虫剤や防虫剤といった「化学農薬」をイメージする方が多いかもしれません。化学反応を用いて合成された有効成分を主とする化学農薬に対して、生物農薬は昆虫や微生物を活用して防除を行います。「病害虫の被害を抑える」目的は同じでも、その仕組みや方法が大きく異なるのです。
生物農薬は、その素材や作用の違いに応じて「天敵製剤」「微生物製剤」「フェロモン製剤」「植物抽出由来の製剤」と大きく4つのカテゴリーに分けられます。
「天敵製剤」は、捕食したり、害虫に寄生してその発育や増殖を抑えたりする昆虫など、害虫の天敵を利用し被害を抑えるもの。例えば植物に寄生するアブラムシの天敵であるテントウムシが、害虫駆除に用いられる昆虫としてよく知られています。次の「微生物製剤」は、害虫に寄生したり、殺菌作用を持っていたりする微生物を防除に利用する仕組みのこと。微生物の働きによって、病原菌や害虫から作物を守ります。
メス由来の性フェロモンを合成し、圃場内に持続的に放出することで、オスがフェロモン源を識別できなくなり、結果として交配率が低下します。
最後の「植物抽出由来の製剤」は、植物が元々保有している成分を抽出し、防除目的で活用するもの。例えば 防虫菊から抽出されるピレトリンなど、植物が自ら身を守るために備えている成分を取り出し、それが農場での害虫対策に応用されることもあります。
日本では、まだ十分に普及しているとは言えない生物農薬ですが、海外、特にヨーロッパではごく一般的に農場で活用されているものです。その背景には、「病害虫の抵抗性対策」と「農場従事者の安全性向上」、そして「残留農薬に対する法規制への対応」と大きく3つの要因があります。化学農薬は、特定の農場で繰り返し使用すると、病害虫が薬剤に対して抵抗性(耐性)を持ってしまうことがあります。その結果、再使用時は同じ化学農薬でも効果が半減。本来の効果が得られなくなってしまいます。
病害虫に化学農薬への抵抗性を持たせないためには、同一系統薬剤の使用量や使用回数を抑制することが不可欠です。
そこで、化学農薬への過度な依存を避けながら安定した防除効果を維持する手段として、生物農薬が重要な役割を果たします。
また化学農薬は、農作物の収穫前までに使用できる期限や、散布後に農場従事者が再び農場へ入れるまでの待機期間が定められています。これは農作物の安全性や農場従事者の健康を守るために必要なルールですが、これによって農作業のスケジュールが制限される場合も。
一方で生物農薬には、こうした制限がほとんどありません。安全性が高いだけでなく、散布後の作業計画を柔軟に組めることから、現場での扱いやすさという点でも注目されています。
残留農薬とは、出荷される農作物に「どの程度の農薬が残っているか」を示す指標のこと。消費者の健康に悪影響がないよう設けられたもので、ヨーロッパはこの基準が世界で最も厳しいと言われています。
中には国ごとの基準に加えて、スーパーなど大手小売チェーンが独自に、より厳しい残留農薬の基準を設定するケースも。「残留農薬が少ない作物を販売していること」がブランド価値になるほど、ヨーロッパの消費者は農薬とその使用量に高い関心を抱いているのです。
生物農薬を導入すれば、使用する化学農薬をそれに置き換えられるように、残留農薬に関わる化学農薬の使用量を大きく減らすことができます。規制強化と市場ニーズの高まりを背景に、特にオーガニック志向の強いヨーロッパでは、生物農薬の利用が急速に拡大しているのです。
イタリアでトップシェア BIOGARD事業の特徴
CBCグループにおいて、生物農薬に特化した事業を展開するのがCBC EuropeのBIOGARD(バイオガード)事業。「バイオロジカル・ファースト(Biological First)」というスローガンを掲げ、研究開発から製品の登録申請、製造、販売、さらには各国への貿易まで、流通の川上から川下までを一貫して手掛けています。
BIOGARD事業において特に重視されているのが、「防除コンサルティング業務」と呼ばれている、生物農薬の活用に関わる技術フォローのプロセスです。
生物農薬は化学農薬と比べて、正しい手順で使用しないと十分な効果が得られない場合があります。そこでCBCでは、実際に製品を購入した農場へ社員が足を運び、「圃場の病害虫の発生状況をモニタリングし、どのタイミングで補助的な農薬散布をすべきか」「散布後はどの程度時間を空けるべきか」など、農場ごとの状況に合わせた具体的なアドバイスを行っているのだとか。
防除プログラムというのは、害虫の発生状況に合わせ、生物農薬と化学農薬を「どのタイミングで」「どの順番で使用するか」を設計した計画のこと。製品を販売するだけでなく、生物農薬と化学農薬、双方の特性を踏まえた防除設計をすることで、農家の病害虫管理に貢献しています。
そんなBIOGARD事業のサポート体制を支えているのが「CBC社内で培ったノウハウと、ヨーロッパ各地にいる研究者との関係性」だと担当者は語ります。
BIOGARD事業には約200名(メーカー含む)が携わっており、中でもCBC Europeの同事業部には、農学部出身者や、農学の博士号を持つメンバーが数多く在籍しています。実家が農業を営んでいた社員も少なくなく、知識だけでなく、「農業の現場」を知っている人材が多数関わっていることも、同事業部の強みになっています。
そしてBIOGARD事業部は、継続勤務年数が長い社員が多いのも、その特徴のひとつなのだとか。社員一人ひとりが長年にわたって事業に携わることで、技術サポートのノウハウが蓄積されるだけでなく、サポート先の農家との関係性も深まっていきます。ベテラン社員による長期的な支援が、現場に寄り添ったより適切なサポートを可能にしているのです。そして、CBCの社員とともに技術サポートを支えているのが、ヨーロッパ各地の農学研究者です。
CBCはBIOGARD事業の開始当初から、各国の大学に所属する研究者と接点を持ち、交流を深めてきました。現在の事業でもその関わりは強く、新しい農薬を研究・開発する際に、研究者からのサポートを受けながら行うことも少なくありません。
時には研究者からCBC Europeへ、「お困りごと」の相談がやってくることも。過去には、研究者からの相談を受けて、害虫の越冬世代を対象とした生物農薬を開発したこともあったといいます。
こうした長年の取り組みと関係性の積み重ねにより、CBC Europeは現在、イタリア国内の生物農薬市場でトップシェアを獲得しています。このポジションは、ヨーロッパにおける継続的な活動と現地の農家・研究者との信頼関係によって築かれたものなのです。
メーカー機能獲得と販売拠点の拡大で、欧州の成長市場に寄与
ヨーロッパにおいて製造・販売・サポートのネットワークを広く築いてきたCBCの生物農薬事業。その始まりは1980年代に遡ります。きっかけとなったのは、国内企業の販売代理店として、生物農薬をヨーロッパへ輸出するようになったこと。これを起点にCBCは欧州に拠点を構え、現地での販路を広げるようになったといいます。
その後、事業の大きな転機となったのが2012年。この年CBCは、イタリアの生物農薬メーカーである「イントラケム(Intrachem)」社を事業統合。生物農薬やオーガニック肥料に特化した同社のグループ参加によって、従来の販売機能に加え、CBCとして生物農薬のメーカー機能を有するようになりました。
イントラケム社の事業統合と同時に、CBCによる生物農薬事業は「BIOGARD事業」と名称を変更。続けてフランスやギリシャを拠点とする販売会社を事業統合し、ヨーロッパ各地へ、BIOGARD事業の販売拠点を拡大していきました。
さらに大きな動きがあったのが2023年。CBCグループに、天敵製品を扱うイタリアのメーカー「バイオプラネット(Bioplanet)社」の参加が決まりました。同社のグループインについて、CBC Europeの担当者は「BIOGARD事業のメーカー機能をより強化するため」と、その経緯を語ります。
バイオプラネット社の取り扱う天敵製剤は、それまでCBCとして取り扱いがない製品でした。しかし個別の農場に合わせた防除プログラム構築のためには、CBCが従来扱ってきた製品にとどまらない幅広い選択肢が必要。バイオプラネット社の有する製品群は、BIOGARD事業としてより幅広い提案を行うため必要不可欠なものだったのです。
ヨーロッパの生物農薬市場は、過去5年間で年間約15%の成長を続けている、大きなポテンシャルを持つ分野です。CBCはその成長市場において、ヨーロッパ各地で販路を開拓しながら、そこで求められる製品を自社で提供。そのサポートまでを一貫して手掛けることで、「バイオロジカル・ファースト」をヨーロッパ各地へ広めているのです。
日本を巻き込んだ、生物農薬のグローバル展開に挑む
次に、技術サポート体制をより強固なものにすること。ベテラン社員が持つノウハウを若手へ継承、ヨーロッパ各地の研究者との繋がりをより強固にしていくことで、防除コンサルティングの提供体制をさらに充実させ、「川上から川下まで」を一貫して支援する体制をより強靭なものとするのが、今後の主な目標になります。
そして体制強化とともに計画しているのが、ヨーロッパを起点にした生物農薬の販路拡大です。これまでCBCは、新しく支社を設立したり、現地の販売企業を事業統合したりすることでヨーロッパでの販路を開拓してきました。その流れを受けて今後取り組んでいくのが、「生物農薬のグローバル展開」。現在の販路を生かしながら、南北アメリカやアフリカ、東南アジア諸国など、新たに生物農薬の需要が高まっているエリアに向けた輸出拡大に挑みます。
世界を相手にした販売活動に向け、CBC Europeでは、ヨーロッパの支社間でのオペレーションや意思決定の体制を整えていく予定なのだとか。「日本は、まだ生物農薬の市場が未成熟。そんな日本も視野にいれながら、ゆくゆくはCBC本社を巻き込んでBIOGARD事業を展開させたい」とCBC Europeの担当者は語ります。
こうした独自の事業基盤を強みに、商社ならではのダイナミックな事業をヨーロッパから展開させていくこと。そして「バイオロジカル・ファースト」の思想を世界各地へ届けることに、関係者で一丸となり取り組んでいきます。
文=スギモトアイ/取材・編集=伊藤 駿(ノオト)